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家はどの辺り?と尋ねる彼に実家の最寄り路線バスの駅の名前を告げた。
「遅くまで連れ回したりしないから」
ハンドルを切る匠の横顔に気を抜いていた心拍数が跳ね上がる。車は実家のある方面へと向かっているのに車内は重い空気が支配する。
「…た、くみ?」
息苦しさに耐えきれなくなって声を出したのは私だった。
「…ん、わかってる」
途切れる声は小さくて、彼の喉仏が大きく上下する。匠の顔がこちらに向く気配がして私は膝の上で組んだ指へと顔を下げた。
「典子はこの先の人生をどう考えてる?ずっと一人でいるつもり?それとも……」
想像力の無い私には、万人が描きそうな未来予想図が浮かばない。
純粋に女としての幸せを望むには、生物学的に年をとり過ぎている。
爆発寸前までに強く打つ鼓動。巡らない酸素と胸の痛さに顔を歪めた。
「俺もね、いい歳だし……ここら辺で区切りをつけたいんだ」
匠の将来を考えれば、互いに別の人生を歩む道を選ぶべきなのかなと思う。
「……そ、ぅだよね」
今、私の隣にいるのは有り余る若さを漲らせていた頃よりも落ち着いた雰囲気をまとう男性になった匠。
親しくなり始めた頃よりも今の彼に魅せられているのは、交わった時間と離れた時間の為せる技なのか……。
昌さんとの思い出と匠への気持ちを残して、匠との別れを決断しきれない。
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