859人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ。いいです…すぐ出来ますから」
顔を上げて濃紺のスーツに手をかけようとして、自分の指先の滑り止めが目に入った。
一瞬の迷いで怯んだ私に向かって、声の主はハツラツとした爽やかな笑顔で『こちらのミスですから』とミーティングルームを出て行ってしまった。
恥ずかしい…
何故か、あの人には人差し指の第一関節に青いゴムの輪っかをはめてる姿は見られたくなかった。
さっきの人は…営業2課の河合さん。
見上げるほどの長身は、運動をしていたと思わせる体格。
フゥっと息をついてパタンと音を立てて閉じたドアを見つめる。
時々挨拶程度の会話を交わす程度だけど、年下の彼には若さの残る真っ直ぐなイメージとふとした時に見せる大人の雰囲気がある。
「…どうしよう」
一部抜き取られた資料。
アレが戻ってくるまでホチキス留めまでいかない。
チラ見した腕時計は、3時の15分前。長引く会議のせいで一旦休憩が入るかも知れない…
指先の滑り止めを抜いてベストのポケットにしまっていつもより少し早めの鼓動に戸惑いを隠せずにいた。
最初のコメントを投稿しよう!