目覚めの朝

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結局止めることは叶わず、やんちゃなシロイルカたちに遊ばれるだけ遊ばれると髪も服も少しばかり濡れてしまった。朝だというのに元気いっぱいな彼らをしばらく愛でた後、魚でいっぱいになり重くなったバケツをぐっと持ち上げた。ずしりと肩にかかる重みが魚の量の多さを物語っている。 「しばらくこの辺の海にいるんなら、ちゃんとシェルターに入るんだぞ。この辺の海は物騒だから」 目の前に広がるこの海の現状を知るヒナキがそう言葉を彼らに投げかけると、その言葉の意味があたかも分かっているかのように首を振ったりして反応を見せる。そのあまりのコミカルさに思わず何とも言えない笑みを浮かべ、夜に確認しに行くからなという言葉を残してそこから立ち去った。  彼の言う集落へ物資調達に向かう準備はできた。この海岸からその集落へは歩いて行こうとすると片道1時間はかかってしまう……のだが、幸い彼には年季の入った移動手段がある。  馬力のある大排気量軍用オフロードバイクにサイドカーを取り付け、荒れた路面でも楽に走ることができるよ設計されたものなのだが、いかんせん古くモスグリーンの塗装は掠れたり傷が付いたり、錆によって浮き上がり剥がれてしまっている上、跳ねあげた泥で汚れていたりシートが破れて黄色い硬質のスポンジが見えてしまっていたりと、あからさまに古い。  傷だらけのイグニッションキーをボックスに差し込み回し、チョークを効かせた後キックペダルを踏み込み出力軸を回す。しかしキャブレターなどの調整が甘いためかなかなかエンジンは始動せず、十数回踏んでようやくタンデムシート横に添えられたマフラーから黒煙が吹き出し、腹の底を揺するような重低音を響かせた。835ccという中途半端な排気量を持つ二気筒エンジンの暖気も終わり、サイドカーへかごに入れた生臭い魚を放り込んでから額の汗を拭い一息ついた。 「……」 ふとジャケットの、胸ポケットの中に入っている物の事を思い出し、取り出して太陽の光にかざしてみた。その赤い宝石のような半透明のそれは光を内部に取り込み放出し、不思議な輝きを放っている。形は手に納まるほどの小さな長方形で、一方の先端は何かに繋ぐために差し込めるような形になっている。 内部に走る幾何学な模様も理解しがたいが、何かの記憶媒体であるという予測を立てるに至ったのは、昔、これと同じようなものを見たことがあるからだ。
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