第1章

8/142
前へ
/142ページ
次へ
支払いを済ませ、その女性客にテーブル席へと引っ張られる榊を振り返ることもなく、僕は店を出た。   店を出てコートを羽織り、階段を下りながら、踊り場でふと足を止める。 数か月前、僕はここでずっと想っていた人にキスをした。 いい年をして、自分の気持ちを抑えきれずに、自分の想いを彼女に強引に伝えた。 今思えば、初めから最後まで、僕が一方的に思いを告げただけの恋だった気がする。長い間、恋愛なんて煩わしいと避けてきたのに、僕は彼女に夢中だった。 だけど今、そんなに愛した人は彼女の幼なじみと結婚し、幸せに暮らしている。   「案外堪えたな」 白いため息と一緒に独り言をつぶやく。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

171人が本棚に入れています
本棚に追加