第1章

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 それは、ある春の夜のことだった――かもしれない。  春の涼しさも、桜の青さも感じることができなかった。  少なくとも今の自分には、季節というものが無くなった時代の自分には。  もしかしたら、5月だというのに肌を湿らせるような暑さもそれに拍車をかけていたのかもしれない。    そんなとり止めも無いことをコンビニエンスストアの袋と一緒に揺らしながら、自分は白い夜道を歩いていた。  夜だというのに明るいこの道。人の住みやすさを最も優先して開発された海上都市では、さして珍しいことでもない。  コンビニエンスの安いビニール袋が、暑さからか玉のような滴を浮かび上がらせている 「ああもう、こんなんだったら冷たい飲み物をもっと買っておくべきだった」  道に自分以外がいないのをいいことに、独り言を呟いた。  どうせ自分以外はいない。  作業をしている丙種精霊、所謂ドローンが人の寝ている間に清掃業務などをしている程度だ。  人類の半数以上が死滅したこの時代では、かつての人類とは真逆であり人間がしていた仕事を機械に補完させないと成り立たない社会となっている。  ――いや、おかしい。丙種精霊に混じって、人型の特級精霊がちらほらと混じっている。  二〇五四年に結ばれた浅賀条約によって、この海上都市を含む旧日本領内で銃刀法の撤廃、つまるところは戦略級人型兵装の個人単位での保有が可能となったが、未だそのような一般事例は無い筈だ。  精霊と呼ばれる例外的存在。オーバーテクノロジーが詰め込まれた人型の兵器である。それも一人で軍隊を相手取れるほどの、戦略級の。  それらがこうして道端に何体も並んでいることに、ただならぬ雰囲気を感じ取ったが既に遅かった。アスファルトが爆ぜる音。  息を呑むほど美しい少女が、鋼色の薄羽を揺らしこちらへ向かってきた。  それも、片手に大振りの兵装を手にして。 「当圏内は現在から04:30まで金閣寺醍呉及びそれに属するものが保有しています。速やかな立ち退きを要請します」  びいどろを打ち合わせたような、凛とした声だった。  そう理解したのは、自らの足元のアスファルトに幾つも刻まれた刀傷を見た後だった。 「あっ……」  次の声を発するまでも無く、公開回線が割り込んできた。初老の男性の声であろうか。
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