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「それじゃあ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
彼の『行ってくる』という言葉がうれしい。
彼は、飛騨の人。
ここに戻ってくる人。
名残惜しそうに私を見つめた彼は、列車に乗り込んだ。
「無理しないでね」
「うん、楓も。できるだけ電話できるように努力する」
「うん」
ドアの前に立つ知樹と会話を交わす頃には、涙が我慢できなくなっていた。
「楓。泣かないで」
「ごめんなさい」
「祭には必ず帰ってくる……」
そこで無情にもドアが閉まった。
私は大きく頷いて、懸命に笑顔を作ってみせる。
待ってる。
ずっとずっと、あなたの帰りを。
「行ってらっしゃい」
徐々にスピードを上げる列車に大きく手を振ると、「行ってきます」という知樹の声が聞こえた気がした。
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