2276人が本棚に入れています
本棚に追加
/324ページ
「一馬」
「なんだよ、楓」
「今日さ、お父さんがね」
「なに?」
頬が勝手に緩む。
久しぶりにうれしいことがあったから。
「名古屋に出張したお土産って、これくれたの。バナナクリップってヤツ」
「バナナもらって喜んでるのか? お前、サルか」
「だーかーら、違うって。バナナクリップ。こうやって髪を止めるの」
父が私のためになにかを買ってきてくれるなんて、いつ以来だろう。
高山にももちろん買い物できるところはあるけれど、お洒落な雑貨を買いに行きたいとなると、名古屋や岐阜、もしくは富山まで出ることが多かった。
だから、"雑誌で見たこれが欲しい"と思っても手に入らず、時々買い物に行ってきたという友達をうらやましく思っていた。
もうその頃になると、家族で出かけるということがなくなってしまっていたから。
「バナナじゃないのか。よく似合ってるよ、楓」
「うふふ。そうでしょ」
最初のコメントを投稿しよう!