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「楓(かえで)、キョロキョロしてるとはぐれるぞ」
「あっ、うん。ちょっと待ってよ、一馬(かずま)」
押しつぶされそうな人ごみの中、私の少しだけ前を歩く一馬は私の方に手を伸ばした。
周囲は祭り太鼓やお囃子がすでに鳴り響いていて、とても賑やかだ。
「迷子になるから」
「失礼ね」
とはいえ、これでは一馬の言うとおり彼とはぐれてしまいそうだ。
伸ばされた一馬の手を握ると、彼はにっこり笑った。
「ほら、もうすぐ始まるぞ。あれ、石橋台かなぁ」
一馬が指を差したのは、陣屋前に集合していたからくり屋台のひとつ、石橋台。
「うんうん。あれは、女の人が獅子舞に変わるからくりだよね」
「おぉ。俺、子供のころ初めて見たとき、スゲービビって泣いたらしいぜ」
照れくさそうに笑う彼は、懐かしそうに目を細めた。
「あはは。一馬にもそんな可愛いときがあったんだ」
「楓はこういうことじゃあ泣きそうにないもんな」
「それって、かわいくないってこと?」
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