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「うん。最初に担当したおじいさんが、末期の癌で、介護施設で死を待つだけだったんだ」
知樹は気持ちを落ち着けるように、大きく息を吐きだした。
「介護士はたくさんいたし、ドクターの診察ももちろんあった。幸い家族も時々顔を出したけれど、いつも孤独だった。誰も一緒に、死の恐怖と闘おうとはしてくれなかったから」
コーヒーのカップを置き、知樹の話に耳を傾ける。
私の知らない知樹の苦しみを、少しでも共有したい。
「だから俺は、真っ向から死について話し合った。どういう最期を迎えたいのか。残りの人生、なにを望むのか……。徹底的に話し合った」
辛い話をしているのに、彼の表情は穏やかだった。
「どうしても観たいといった歌舞伎を一緒に観に行き、死の三日前、延命はしないと決めた」
いち介護士がそこまでかかわることは少ない。
だけどそれが知樹のやり方。
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