第2章 疑惑

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◇  将来、国を背負う官僚になる学生たちが集まっているのが太学だ。  その特殊性もあって、太学生には、取り調べられはしても、疑いだけでは拘留されないという特権がある。勉学にさわるからである。  つまり、任意同行、任意取り調べしかされない権利。  そして、太学には太学内と学生の犯罪を取り締まる部署がある。監学という。  秦盟は取調室に呼ばれた。  つけている記章から監学官はわかったが、他に官吏のつける礼服を着た男がいるのが、冊社省の役人だろう。 「秦盟だな」  監学官がたずねる。 「はい」  成績不良で呼び出されたことさえない秦盟は、呼び出されて問責されるのは初めてだ。神妙に答えた。 「昨日はどこにいたか、正直に答えなさい」 「塾で学び、友と会って茶を飲み、寮に帰りました」 「それだけか?」 「はい」 「蓮華寺に行った覚えは?」  秦盟は、はっとした。  やはり! 「そなたの学章だ。見覚えがないとは言わせぬ」  示されたのは、明らかに、秦盟のものだ。学章には記号が彫られていて、誰のものかわかるようになっている。 「昨日なくして、探しておりました」  嘘はない。秦盟は、顔を上げて、はっきりと答えた。 「昨日、蓮華寺で人が殺された。その蓮華寺の境内に落ちていたそうだ。  覚えはないか?」  人が殺されたのを、すでに聞いていて驚かなかったのを、どう見られたか。そこまで考える余裕はない。 「どこで落としたのかと思っておりました」 「蓮華寺に行った覚えはないのか?」 「ほんのわずかですが、参りました」 「まことか? 先ほどは何も言わなかったではないか」 「友人と、境内で話をしようと思って足を向けたのですが、先客がいらっしゃるようでしたので、他に行きました」 「その時の様子を話しなさい」 「はい。友人と2人で、蓮華寺に参ったところ、本堂に灯かりがついており、人がいる様子でした」 「何人ぐらいいたのだ?」 「そこまでは。ただ、言葉を聞き取れはしませんでしたが、複数の人が集まっているようでした」 「先ほどから友人と言っているが、どこの誰だね?」 「桂薊児です」
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