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どうして考えたことがなかったのだろう。彼の心の中に居る人の存在など。
「好きな人居るって伝えたら?」
「それありきたりだろ。信じてもらえるかなあ」
「だったらカミングアウトでもしてみれば?」
すると困った顔をしていた彼が噴出した。笑いのつぼに入ったらしい。
「ああ、それ良いかも」
「え」
「僕にだって好きな子くらい居るんだ。その子に迷惑かけるわけにもいかないし、かと言って自分から踏み込む勇気もなくてさ」
ちくりとした。
彼は今好きな子が居ると言った。
馬鹿だとわかっているけど思わず詰め寄ってしまった。
「それってあたしも知ってる子?」
問い詰められた彼はまた困り顔を浮かべた。困らしたいわけじゃないのに。
そうして彼は黙り込んでしまった。あたしには教える気がないということだろう。
気まずい沈黙が流れる。
「あ、あのさ」
と言ったのは同時だった。
「先にどうぞ」
「君にもやっぱり好きな人居るの? 」
直球過ぎる彼の質問の答えを、真っ白になりかけている頭の中で思い巡らせた。
「う、うん……」
消え入りそうな声でどうにか答える。
「それって僕も知ってる奴なの?」
ああ、なんでまだこの話題は終わらないのだろう。逃げ出したい。
夢の中なら言えるのに。どうして現実になると勇気が出ないのか不思議だけれど、今の彼との距離が遠くなるは嫌だ。
「うん、知ってる人」
あなたです。
「ねえ、あたしは答えたよ、君も教えてよ」
「知ってる人だよ」
その言葉にがくりと肩を落としたあたしは、今どんな顔をしているのか怖くなった。
やっぱり居るんだ、好きな人。
放課後の屋上なんて来るんじゃなかった。まるで青春。
「あのさ、これ断る前に既成事実作っちゃってもいい?」
「は? 好きにしたら良いんじゃない」
半ば投げやりに答えた。
「じゃあ」
そう言うと彼は隣で柵にもたれていた体を起こしてあたしの前へ立った。
「一世一代の覚悟だよ、僕」
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