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死にぞこないの私を蹴り飛ばした。荒い吐息と共にドタバタと慌ただしい足音が聞こえ、静寂がやってきた。どれだけの時間がだったか、たぶん、さして長くはないだろう、春水が首を斬り裂かれてからそんなに時間はかかっていない。
「…………っ、うう」
静寂と暗闇が支配する。目が見えないのだ。春水の声が聞こえない床を這って探す、いつでも死んでもいいと思っていたし、いつか殺される人生だ感じていたから地獄に落ちるのだけれど、心残りが一つだけできた。
「…………しゅん」
名前を呼んでいない。
「春水、どこに、いるんだい……?」
「ひな、ぎく」
弱々しい声音が聞こえてきた。声のするほうにズルズルと床を這っていき、そっと片手を伸ばし手がぶつかる。
「やっと、名前を呼んでくれたね……」
手を握るが、ヒドく弱々しい。
「何を言ってるんだい、何度だって呼んでやるよ」
だから……聞いておくれよ、春水と呼んだか返答はなかった。血の涙というのならこれだかもしれない、斬られた眼球でも涙が出るものなのだと半ば呆れと共に「春水」と呼んだ。
「お嬢さん、あんた、こんなところで何やってんだい?」
「あたしかい? あたしは盲目の語り屋さ、まぁそこに座って聞いてきなよ。お代はいらないからさ」
おそらく男だろう、目は見えないが声で判断した。男がほぉーと感心するような声音と共にその場に座り込んだ。
「まぁ、聞き苦しい話ーーいやさ、物語かもしれないが静かにお願いします」
楽器を鳴らす。
「これは薄汚い悪党と物好きな物書きの物語さ」
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