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「野蛮だ」
「はっ、そうかい」
野蛮でけっこう、野蛮でなければ生きていけない、弱肉強食の世界でそれは不変のルールなのだ。崖っぷちから転げ落ちるような人生だ。
「あたしみたいな小悪党にはお似合いの言葉さ」
と私が言うと男はこちらを見て、
「野蛮で、悲しそうだね。君は」
「同情してお涙ちょうだいにしたいんだったらやめなよ。そういうのはうざったいだけさ」
「ただ、思ったことを言っただけだなんだけどな」
「だとしたら、安っぽくて胸焼けがしそうだよ。やめておくれ」
ヒラヒラと手を振った。壁に背中を預けた。変な男と関わったものだ。
貸し借りほどやっかいなものはない、ここでさようならと手を振って出て行くことができたならそれもよかったけれど、妙に後ろ髪を引かれてしまい。
「えーっと、これはなにかな?」
「あたしは貸し借りってやつが嫌いなのさ、助けられたんだったら、それに対するお返しというやつがあってもいいだろう? 食いたくないんだったらそれでもいいよ」
と小屋の隅に置かれていた茶碗に注いだ味噌汁を啜る。あまり豪華な飯ではないけれど何も食べないよりかはマシだ。味だって保証はできないし、
「いただくよ。うん、いただきます」
男がスズズと啜る。それからは特に会話もなくお互いに飯を食べた。
もう、ここには用はない、貸し借りはチャラになったんだというのに自然と男の小屋にやってきていた。
「なんだい、まったく進んでないじゃないか。物書きが聞いて呆れるね」
男の仕事ぶりを見た感想だった。数日ぶりに来てみれば何も変わっちゃいなかった。
「はは、そりゃどんどん書ければ苦労はしないよ。仮に書けたとしても認めてもらえなければ意味がないしね」
「そうかい。あたしは慰めたりしないよ」
ペラペラと書き綴られた物を見ても何を書いているかはわからない。物好きな奴だ。
「でも、まぁ、読めなくても、聞いてもらえれば好きな奴も現れるかもしれないねぇ」
「どういう意味だい?」
「そのまんまの意味さ。読めないんだから知ってもらえない、読み書きができないから見向きをしないが、聞くことはバカにだってできる」
この男の物好きさが移ったのかもしれない。やれやれと肩をすくめながら言う。
「朗読ってやつさ」
と私は楽器を片手に笑いかけた。キョトンとした男の鼻っ柱をチョンとついた。
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