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不安げな男を引き連れて人気のない場所に連れて行く。
「こんな場所でやるのかい?」
「いんや、やるのはまだ後さ、まずはあんたの物語を聞かせておくれよ」
楽器を持って、大きな岩に腰掛けた。男はキョトンとしていたが、おずおずと語り出した。私もそれを目を閉じてそれを聞く。
「暗いねぇ……」
男の物語を聞いて、私は真っ先にその言葉が出てきた。暗い、とにかく暗い、それも人が死ぬような物語だ。こんなのを道端で語ろうものならすぐに騒ぎになる。見切り発車だったかもしれない。
「やめたいなら、今すぐやめようよ。僕は三流作家でいいんだし、こんなの上手く行きっこないよ」
「そうかもしれないね。でも、あたしは嫌いじゃないよ。暗くったってお綺麗なお涙頂戴の物語なんかよりよっぽどマシさ」
こんな私だからかもしれないけれどねとだけ心の中で付け加えて、
「上手く行かないかどうかは、やってみなければわからないさ」
と言いながら、シャランと髪をすく。聞いた男の物語を私の声に変えて語る。夜空の中で男と二人っきりだった。男は最初のうちは恥ずかしそうにしていたけれど、すぐに耳を傾けてくれた。
「どうだい? こんなんでさ、まぁ言いやすいようにちょいちょい弄っちゃいるがね」
「構わないよ。それよりも楽器、弾けたんだね。てっきり僕がやらされると思ってたよ」
「あんたみたいなモヤシにやらせたら寄り付く者も寄り付かないよ。役割分担というやつさ、あんたが書いて、あたしが語るんだ……」
微笑んで、なんとなく悪くない気がしてきてしまい。
「まぁ、こんなんでもいろいろ身につけてるんでね。これもその一つさ」
「聞かせてもらえないかな? 君の、その話を知りたいんだ」
「物好きだねぇ、聞いても楽しくなんかないよ」
「構わない。僕だってこんなんだしさ」
「はっ、そりゃ違いないね」
楽器の音色と共に私は語り出した。自分の半生というやつを夜空のもとで「昔々のことさ」と言って。
居着くことに時間はかからなかった。男の書く物語を真っ先に聞くことが私の楽しみになっていた。いつ終わるかもしれない人生にやってきた寄り道に心地よさを感じていたのかもしれない。
「君はさ、無償の愛って知っている?」
と男が言った。
「無償の愛ってやつのはさ、相手のことを好きになるってことなんだよ。なにもいらない、ただ、その人のことが好きになるんだ」
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