夜の繁華街

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「誰だ? そこにいるのは誰だ?」  低く、唸る様なその声は、ある種、獣じみていて、威嚇に近いものへと変化する。 「対策局の犬共か? それとも、妖の存在意義を忘れた裏切り者の仲間か?」  言葉を紡ぐ毎に、その存在の全身を禍々しい霧が立ち込める。  返答次第では唯では済まない。  何であっても唯では済まない。  腰を低く屈め、今にも襲い掛からんとするその存在に対し、ビルの屋上に出現したそれは、事もなく、その問いを返した。 「前者だ。最も、犬は犬でも狂犬の類だけどな」  屋上に出現したそれは、つい先程まで繁華街を見下ろしていた少女。  その手には、二振りの小刀が握られ、その内の一振りの切っ先が、路地裏に佇む存在へと向けられた。 「対策局の犬共か。よく此処が分かったな。よく私が此処に居ると、分かったな」 「簡単だよ。お前の気配は人間とは異なるからな。ちょっと気配を辿ればすぐに見つける事が出来る」 「そうか、人間もそれなりに賢くなったと言う事か。いや、感覚が獣じみていると言った方が良いのか?」  クツクツと低い笑い声。  しかし、笑いながらも一切の隙は見せず、まるで襲い掛かるタイミングを見計らう様に、鋭い眼光だけは少女から逸らされずにある。 「言っただろ。狂犬だってな。感覚だって鋭いさ。それだけの事だ。一応の礼儀だ。名乗っておくぞ。異能対策局執行部隊、式守 彩音(しきもり あやね)。面倒臭がりな上司の命令であんたを捕らえに来た」  言うや否や、彩音の身体がぐらりと傾き、ゆっくりと、ビルの屋上から路地裏へと重力に従う様に落下する。  あのビルの高さから落下するのかと、身構えていた存在の目が大きく見開かれる。 「まぁ、捕らえるか殺すかは、あんたの出方次第だけどな」 「……っ。ほざくな、人間風情が!!」  僅かな動揺の色が浮かんだ存在に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、挑発する彩音に対し、ロングコートを羽織った存在は、瞬時に膝を屈曲させ、下肢に力を込めると、アスファルトを強く踏みしめ、跳躍した。
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