僕の話

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だが、この男だけは違っていた。渋谷、新宿、池袋、行く先々で視線を感じた。もちろん、最初は誰かは分からなかった。僕の視界にいつもいる、太った男の存在を確信したのが一週間前だった。今僕の前にいるこの太った男だ。 この男の視線は僕の行動をくまなく観察し、僕の心の奥底まで見透かしているようだった。たぶん僕の思いすごしに過ぎないのだろう。思い過ごしならそれでいい。それでも、確かめずにはいられなかった。この男が何者で、何故僕をつけまわしていたのか…、その視線の意味を…。 男はおしぼりを広げると大きめのスクエアのセルフレームの眼鏡をはずし、右手で顔を拭いた。昔はもっと狭かったであろうテカテカと光る額を、薄く曖昧になった生え際までしっかりと拭き終わると、今度はレンズを拭いて照明にかざして汚れが落ちたことを確かめていた。 その後、あたりを見渡すと僕に言った。
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