第1章

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終業のチャイムと同時に、教室の空気が変わる。26人の生徒が四方八方にわっと動きだし、教室の少し淀んだ空気をかき回し、うねらせ、そして去っていく。 今日は何する? 塾めんどくさいな 部活早くいかないと先輩にどやされるぞ 俺これから補講だよ カラオケ行きたい 家に帰りたくない 掃除当番さぼっちゃえ い き る っ て な に ? 26通りの思念の波が静まるまで、教室の淀んだ空気と夕焼色に染められた夏独特の寂しい空気が完全に入れ替わるまで、チョークの粉を一片も残さないほど完璧に拭かれた黒板がしっかりと乾ききるまで待ってから、私は席を立つ。 みんな知っているだろうか。誰もいない教室は、とても不思議な音がすること。 時計の針が動く音がものすごく大きく聞こえる。誰かのロッカーの中で、無造作に詰め込まれたテキストの山が崩れる。カーテンがたなびく音は女子のひそひそ話によく似ている…。 そんな音に耳を澄ましていると、いつの間にか陽が沈みかけていた。急がないと。ここに長居はよくない。 机の上に置いてある鞄の持ち手を掴ん「かえっちゃうの?」 「っ!」 私は右手に掴んだ鞄をそのまま床にたたきつけた。ドゴッという大きな音とともに、鞄の中の空になった弁当箱と水筒が激突して甲高い悲鳴を上げた。 音の余韻が教室中に広がる。結構思いっきり叩きつけてしまったから、廊下にまで響いてしまったかもしれない。けど、それでいい。この余韻が消える前に、早く、早くここから出ないといけない。 床に伸びた鞄を拾い上げるのもそこそこに私は扉に向かって走った。
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