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道端の木陰や人々の影──そこにはわずかな闇が存在している。
否、もしかしたら、どこにでもいる鴉すらも、正体は闇の一端なのかもしれない。
そんな闇と主従契約を結び、意のままに従わせることが出来る者がたった1人だけ存在する。
人々はその者を、「夜天の主(やてんのあるじ)」と呼ぶ。
☆
序曲、と言う言葉を聞いたことがあるだろうか?
序曲──それは、はじまりを意味している。
この物語もまた、どこにでも存在する「はじまり」でしかないのだ。
しかし、このはじまりは後に「真の夜天の主」と呼ばれる、ある少女の出会い…そして、「夜天の主」となる小さな小さなきっかけでもある。
廻る世界は少女を運命へと導いていく──。
☆
気が付けば一面の花畑に立っていた。
どこまでも澄んだ蒼空。
辺りに漂う花たちの心地良い香り。
遥か遠くに見えたのは、空の蒼さに合う白い大きなお城。
ここ……どこだろう?
こんなに綺麗な景色は観たことがない。
どこか現実味がなくて、この世のものが一切感じられない、幻想的な風景だった。
不意に背後に現れた気配を感じ、振り向く。
直後、風が吹いて花びらが舞い散り、空に舞い上がった。
花びらが舞って、渦を巻く中心に私は後ろにいた人物と向かい合っていた。
サラサラと艶めく黒髪。
つり目で切れ長の鋭さを持った黒い瞳。
スッと通っている鼻筋。
非常に整った顔つきの男の子だった。
『貴方は……誰?』
「ああ、これは夢だ」そう認識していても、彼に問わずにはいられなかった。
どこかで、どこかで。
覚えていないけれど、私はきっと──この少年を知っている。ような気がする。
『……』
その男の子が口を開いた。
一文字ずつ、ゆっくりとした速度で。
『く れ あ』
そう動いたのだ。
なんで私の名前を……?
驚く間もなく彼の姿が遠ざかっていく。
それでも少年の瞳は『また会おう』と言ってきたように思った。
──やがて、揺さぶられる感覚に目を覚ます。
「紅亜、起こしちゃった? まだ寝ててもいいわよ」
「ううん、いいよお母さん」
変な夢見ちゃったなあ。
通り過ぎていく窓の外の景色に目をやった。
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