第1章

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漆黒の空に星が煌々としている。 今宵は真っ白い満月だ。 湖の周りでは蛍が飛び、ひとつ、ひとつと死んでいく。 音だ。ぼとり、ぼとりと何かが落ちる音だ。 この世ではかいだことのないよい香りがする。 それは月下美人だった。 月下美人が満月と共に咲いては散っているではないか。 ポチャン。 月下美人がひとつ湖に落ちた。 水は少し驚いたが「今晩は」と言った。 月下美人も「今晩は」と言った。 「何処へ参りましょう?」水は問た。 「何処までも」月下美人は答えた。 水は少し困ったが、美しいものを見せようと思った。 しかし今宵は月が美しい。 「今宵は美しい月ですね」水は云う。 「私はあの月のように美しくありませんわ」月下美人は云った。 水は思った。月下美人は月のように白く美しいと。 「貴方は月のように白く美しいです」と、水が云うと 「私はこの空のように漆黒で美しいあの乙女の黒髪が羨ましいですわ。」と、月下美人は云うではないか。 水は、はたまた困ったが、すかさず云った。 「乙女の美しさは一瞬ではないでしょうか」 「わたくしとて一夜に咲き、一夜で散り行きますわ」という月下美人に、またまた水は困ったが、あることを思いついた。 「花は水の上では枯れずに美しくいられます。ずっと一緒にいましょう」 満月の夜のことであった。
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