一章とかつけるけど短編ですから。

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 竜一、遼平と別れ、無事欲しかったゲームを手に入れた夏姫は渋々帰路についていた。家に帰る足がうまく動かない。  ――あー、もうっ! 母さんのせいだ!  夏姫は口を膨らませ、ポケットから携帯電話を取り出した。  夏姫の母は有名な絵本作家である。絵本のストーリーのアイディアを集めるため、転々と日本と外国を行き来している。一ヶ月、半年、一年と取材に行ったまま帰ってこないことも多かった。そう、そこまでは良かったのだ。  夏姫の三好学園の入学式が終わると同時にロンドンへ旅立ってしまった。それはいつも突然のことで家のテーブルに行ってきますとメモ書きだけ置いていき、家には誰もいない、それがいつも通りの母の姿であった。それに何も思わず仕方がない、と呟くだけ。  しかし、今回はそうではなかった。入学式の日、夏姫は自宅の鍵を家に置いてきてしまったのだ。そしてそのまま、母はロンドンへ。そう、鍵がないため家に入れなくなってしまったのである。焦った夏姫だがここは父に頼むしかない、そう思い電話をかけてみるも留守電だった。  入学式の日と共に引っ越してきた夏姫に友人はいない。ましてや寮も空いていない。どうしようかなと呑気に構えていた夏姫は家の前で体育座りをしてボーっと空を眺め、途方に暮れていた。 『初めまして、保坂夏姫くんだよね?』  そんな夏姫の目の前に一人の青年が現れた。身長が高く細身に、恐らく身長の半分より少し長いであろうすらっとした細い足、細く切れ長の茶色い瞳と長い睫毛。睫毛が長くとも男性だ、と認識できるような綺麗な顎のライン。  薄くいい形をした唇は小さく笑みを浮かべている。カフェオレのような色のサラサラとした髪の毛がオレンジ色の光に照らされ、一つの風景画のように見えた。いかにも美形、俗に言うイケメンだ。  いやイケメンというのは竜一や遼平のことを指すのだろう。彼はイケメンというよりも美形と言った方が似合う。  あまりにも綺麗な男性が現れ、人見知りのする夏姫は思わず立ち上がり、その場から逃げようとしてしまった。頭一つ分、いやそれ以上の自分と彼の身長差に世の中は理不尽だ、そんなことを考えて綺麗な彼を見つめる。見つめた瞬間、母のシルエットと彼が重なり、しばらくじっと見つめてしまう。
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