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冗談ではない雰囲気だった。銃をもたない格闘戦では、この部屋にいる誰よりもソウヤは強いだろう。勝てる可能性があるのは、オールラウンドの天才、ジョージくらいだ。それでも勝利を収めるのは、3~4回に一度くらいか。スポーツ格闘技と違って、戦場では負けたらつぎはない。絶望的な確率だ。カザンは前線帰りの元兵士の迫力に押されて黙りこんだ。
「周囲を敵に囲まれた地獄のような西雁鉱でしんがりの後衛に残ったのは、自分から志願した者たちばかりでした。ほとんどが逆島派だったのは、彼らが困難なことに自ら進んでとり組む気概をもった真の進駐官だったからです」
ソウヤはゆっくりと息を吐(は)いた。
「わたしは萬派、東園寺派とともに逃げ続けました。後衛の逆島派の進駐官は次々と倒されていく。恥をさらしてなんとか命を拾ったのは20数名です。本部に帰投したときは、最後まで生き残り、よく闘ったと肩を叩(たた)かれました。英雄だといわれ、勲章までもらった。でも、わたしはあの撤退戦のほんとうの英雄が誰かを知っています。わたしたちを逃がすために勇敢(ゆうかん)に戦い、命を散らした逆島派進駐官の皆さんです。あの人たちの遺体は今も回収されていません。氾(はん)帝国の兵士は敵兵の遺体を大切には扱いません。貴重品を奪い、軍服を脱がせ、重機で掘った穴に裸で放りこんでお仕舞(しまい)です。墓石も立てない」
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