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お兄さんの紙芝居の絵は何度も色を塗り重ねられていた。
そのため、平べったい一枚の紙のはずなのに、絵が立体的で、竜の吐く炎や突きだされた拳は、こちらに向かっているように見え、絵が変わる度に私は顔を反らし、避けようとしたこともあった。
でもビビッドカラーの力強い絵は、次第に私を夢中にさせた。
お兄さんの絵は色使いも良ければ、人物の表情も良かった。
綺麗なドレスを着た上品なお妃の笑顔の裏にちらつく悪意や
死にゆく魔王の苦悶の表情の中に垣間見える安堵--
登場人物の細かい心理にも気を配った絵は、子ども向けとは思えない物語を成していく。
お兄さんの紙芝居は、「正義」の概念を覆すものだった。
綺麗なお姫様が魔女に嫉妬され、可哀想な目に遭っても、最後は王子様に救われ、幸せになる......といった話なら、幼稚園でも聞いたことはあった。
アニメでもヒーローは悪人を倒したら、高らかに笑って大抵は終わる。
私は幼心にそんな主人公達に少し疑問を感じていた。
確かに悪人を倒せば、世の中は平和になるのかもしれない。
でも自分が与えた鉄の靴で苦しみながら死んだ魔女を見ても涙一つ流さない姫や
燃え盛る炎に囲まれ、逃げ場を失った怪人の悲鳴を聞きながら、歓声を上げるヒーローのどこに正義があるというのか--
どんなに憎い相手だとしても、自分がしたことで命が失われることに対し、少しも心を痛めず、笑みを浮かべられる姫やヒーローがいる限り、正義などどこにも存在しない気がした。
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