第1章 記憶は遠く、日々は無意識に

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そろそろ、ジッとしているのも飽きる。 かれこれ二時間近く経ったというのに、まだシオリの頭にはラップが巻かれ、右手の指先には、ホログラムと呼ばれていたキラキラ輝くチップが丁寧に一つひとつ乗せられている最中だ。 ーーこれだから、美容院は好きになれないのよ。 UVだかを当てている機械に入れた左の指先が、ジワリと熱い。ガマンできないほどではないが、そっと位置を変えると、ネイリストが話しかけてきた。 「熱いですよね。キツかったら出してもらっていいですよ」 トオノ、と書かれたネームプレートを付けたそのネイリストは、猫背のまま指先から目をそらさず、人好きのする笑顔を見せる。 確かこのネイリストに担当してもらうのは初めてではないはずだが、シオリには毎回どんな話をしたかなどが頭に残っていなかった。 ーーそれほど、他人が苦手なのだ。 はぁ、とも、えぇ、とも取れない曖昧な返事をしつつ、シオリはむしろ奥へと手を戻す。見透かされたようで、居心地の悪さを感じたのだ。 「あのっ!…と、トオノ、さんって、珍しいですよね」 ーー緊張で、声が上擦ってしまった。…消えたいーー 火照る顔を感じながら、ぼそぼそとつぶやく。 声かけ段階ですでに顔を上げていた相手は、一瞬キョトンとした顔をし、一度口を開くと、また一文字に結び、うーん、と唸りながら少し首を傾げた。 「名前が、ですか?それとも…」 「あ、いえ、あの男性ってあんまり…」 見ないので、と言った声は、ほとんど届いていなかったかもしれない。 それでも、あぁ、と合点がいったとばかりに笑顔で頷く相手は、やはりプロだった。 「僕ね、プラモーープラモデル、好きだったんですよ」 視線を手元に戻し、仕草で手の入れ替えを指示すると、ニコニコとトオノは話し始めた。 シオリは、左手をトオノに預け、右手を機械に入れる。ジェルが固まる瞬間、ギュッと爪に熱さとも痛みとも取れる感触が走る。体が強ばるが、ゆっくり息を吐き、手の力を緩める。 「そうなんですか」 「えぇ、プラモもね、細かいところに絵を描いたりするんです。それで、意外と楽しいんじゃないかって思って」 器用に爪の先にグラデーションを作りながら、トオノが答える。 もしかしたら、前にも聞いたかも、と、シオリはそのことばかり気になっていたが、トオノは意に介さずというように、話を進めた。
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