第1章 記憶は遠く、日々は無意識に

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ビールをグラスに移すこともなく、缶にそのまま口を付け、グビッと飲み下す。独特の苦みが口に広がり、強い炭酸がノドからせり上がる。 一人きりなのに、ついガマンして、かえって気分が悪くなった。 気分が悪いのは、ビールのせいだけではないかもしれないがーー 「二年ぶり、か…」 片手に持った封筒の表書きには、シオリの本名ー夫馬シオリ様ーの文字が大きく書かれ、その隅に、高校時代の同級生の名前が二つ、仲良く並んでいた。 ー松元リョウヘイ ー片瀬ナツミ きっと、ナツミが書いたのだろう。彼女の屈託のなさを表すような、ふんわりと丸い文字は、高校の頃によく見た気がする。 『あのね、シオリには、言っておこうと思って…』 『私、結婚するの』 『リョウくん…。リョウヘイくん。覚えてる、よね?』 『シオリ、もしよかったら、スピーチとか頼めないかなぁ』 忘れる訳がない。 けれど、その神経が信じられない。 普通、頼む?ーー元彼女に、スピーチなんて。 いくら、ナツミとは小学校からの仲で、大学まで同じと言えど。 それでも引き受けてしまったのは、未練があると、思われたくないからなのかー 『いいけど、…私なんかで、いいの?大学の時の友達とか』 『松元くんはなんてーー。賛成してるなら、じゃあ…。あ、サエも呼ぶなら、一緒でいい?』 ナツミから連絡がいったのか、その三日後に、サエに呼び出され、二時間ほど“飲み会”という名で説教をされたのが、一月ほど前のことだ。
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