第1章

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彼女は入社2年目でとてもよく動く女の子だった。 そして、愛想がいい。だからか、よく仕事を頼まれる。しかも、なんだかんだとこなしてしまう。 結果、仕事が増える。 必然的に、就業後は彼女と僕の二人だけの時間になった。 静まり返ったオフィスで、書類をめくる音と小気味いいリズムでキーボードを打ち込む音重なり合う瞬間が好きだ。 彼女に話しかける勇気が出そうだから。 右斜め後方にある彼女のデスクから、僕の姿は見えるだろうか。 休憩しよう、だとかなんでもいい。 何か話したい。 軽く深呼吸してから振り返る。 振り返った先には、当たり前だけれど彼女がいた。 息が止まる。 青白い顔でキーボードを叩く彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。 小柄な彼女が、さらに小さく見える。 だけれど、ここ僕が声をかければきっと彼女は笑う。 僕に気を遣って笑うだろう。 何があったの、なんて気安く聞いてはいけない。 それをする権利は僕にはない。 日頃から彼女との間に感じていた、壁に触れてしまった気がする。 だから、右斜め後方から聞こえる洟をすする音に気付かない振りをした。 泣いてもいいんだ。 だから、一人で泣かないで。
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