第1章

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「よう」  来訪者の顔を見て、フェリスは少し驚き、そしてすすだらけの美貌を輝くようにほころばせた。 「誰かと思えば、軽薄そうなお偉いさんだったわ」 「軽薄は余計だよ」  ローブは手近な椅子に腰を下ろし、背もたれに体を預けた。 「あぁ、長旅だった」  古い椅子はぎしぎしときしんだ。 「壊さないでね」  フェリスはそう言い残して、奥へ入った。 しばらくすると芳しい茶を、粗末なポットに入れて、粗末なカップと一緒に運んできた。 「いいのか、茶なんて、このご時世では随分な贅沢品だろう」 「何年か前に裏に植えたの。  去年の春、初めてとれた茶葉よ。  一昨年のあれでも、生き残ったの」  彼女の言う「あれ」とは、無論「船」の災禍のことである。  ローブは茶に口を付けた。 実に芳しく、渋みの加減が絶妙で、寒い中を旅してきたローブには、全身に染み入るようだった。 「うまいな」  フェリスはにこにこ笑っている。  ローブは、カップの茶に写って揺らめく自分をじっと見て、少し溜め息をついた。 「あんたはすごいな。  そこの大聖堂の連中は、穴ぼこ一つ埋められないのに、あんたはもう、この辺りを綺麗にしてる」 「みんなでやってるのよ」  無論そうだろう。 だが、そうさせているのが彼女であることは、疑う余地がなかった。  しばらくローブは言葉を見失った。 やがて、ぽつりぽつりとしゃべり始めた 「俺はね、駄目だったよ。  何万人も死んだ。  全部知ってたのになぁ、駄目だったよ」  声が震えた。  茶が少し跳ねた。 「俺はあの日なぁ、丘の上から見てたんだ。  目の前で、聖騎士団が、あっという間に一万も焼き殺されたんだ。  ロド殿も、その時死んだよ。  丘の上にいた人達も、取り乱して殺し合ったりしてた。  何一つ、止められなかったんだ。  マイクラ・シテアにも、好き放題させちまった」  彼は金色のサラサラした少し長い髪をぐしゃぐしゃ握り、何とか感情を抑えようとした。
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