第1章

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目覚めはあまりよくない。 それは血圧が低いからだと思っていたが、仕事に行かなければいけないからかもしれないと思いかけて頭から拭いさった。そのまま思考すれば憂鬱という2文字が平仮名で頭に浮かんでくるからである。しかし、そこまで巡らせた思考は既に「ゆう」まで浮かび上がらせていた。 浅いのため息をついて息を大きく吸った。 肺に入ってくる酸素の量が少ないと感覚的に気付き、大きく伸びをする。 そうすると血の巡りがよくなり、身体中に酸素が行き渡る。もちろん肺に入る量が増えたと錯覚し、気持ちのいい呼吸となる。 が、酸素に「ゆう」の毒を消す解毒作用などない。せっかく起き上がったベッドにもう1度寝転んだ。足だけベッドから投げ出して、精一杯仕事からの逃避を行う。 もしも、世界が崩壊したら。大雨になって電車が止まれば。超局所的な台風が会社を吹き飛ばしてくれれば。 不謹慎な考えがそれこそ局所的な台風のようにぐるぐると巡る。 そんな妄想とも幻想ともとれる思考を微睡みの中で繰り返しているうちに出社時間となってしまった。 今日も、仕事からは逃げられなかったと深いため息。仕方なく、スーツに着替え、歯を磨き、会社から渡されたネームプレートをスーツの右胸につける。 営業 井草 敬と書かれた無機質なプレートはもう3年の付き合いになる。いい加減見飽きてきた。 そんな相棒なんて捨ててしまいたい。 仕事前に爽快な気分になることなどなかった。仕事のために生きてはいない、生きるために仕事をしているのだから。 井草は玄関の姿見で髪形を雑に整えてから、自分のアパートを出た。 さあ、仕事だ。 嫌だなぁ。 カレーとライスよりもこの組み合わせがしっくりくる、井草21歳男、社会人3年目の夏である。
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