第1章

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仕事を終え、井草は帰路についた。 歩きながら彼は今日のミスをふと思い出していた。彼が仕事のことを、就業時間外に考えるなど珍しいことだ。が、それも仕方ない。久しくしていなかった大きなミス、それをおかした。 井草の会社で請け負っている広告がある。新聞の間に挟み家庭に届けられる、いわゆる折り込みチラシだ。 彼は客先から「10000部」と注文を受けた。ゼロが4つの数字。しかし、勘違いをしてしまった。 「100000部」ゼロが5つ。 そう、10倍もの広告を刷ってしまったのだ。もちろん会社には損害を与える結果となっている。 やってしまった、と流石に井草も省みる。 同僚は特にフォローをしてくれるわけでもなく、淡々と井草のミスを処理した。仕方がない、井草自身も焦るわけでもなく謝罪を言葉にしていただけだったのだから。 冷静さなんてもってないんだよ。 と井草は自分を嘲笑した。 しかし、同僚はミスをおかしても冷静に処理する井草、として見ていた。 ようやく自宅に帰ってきた井草は浅いため息をつきながら、ネクタイを外す。首を締め、会社に縛り付けられているようなこのネクタイが井草は好きではない。外す瞬間に井草は自由を感じられる。 冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだし、ペットボトルのまま飲み干した井草はパソコンの電源をいれた。 そう、ここが始まり。
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