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それでも零斗は堪えた。あの『悪夢』を心中に留めた。滲み出す『怒り』を、溢れかえる『悲しみ』を、包まれた『復讐心』を留めた。でなければ、自分が壊れる。それに呼応して、周りの人間も壊れてしまうような。そんな気がしてならなかった。
それが人間だ。と、零斗は思っている。
一箇の感情。個人の内より放たれた一箇の感情は、周りの者へと拡散してしまう。一人が泣けば周りが悲しくなるし、一人が怒れば雰囲気は崩れる。
怖かったのだ。自分の『不』の感情により周りの者が『不』になってしまうことが、怖かった。
故に、心を犯す『不』の感情を留めるために、
零斗は、『信じることが出来ない現実』と向き合った。
「……よし」
『悪夢』に喝を入れる気合一魂のストレート。突き出された拳は空を斬り、握り締めたスマホにくっついた桃色の風船みたいなモンスターストラップを揺らした。
汗でビッショリな部屋着を取り替えてから部屋を出た零斗は、朝っぱらからうるさい声を聞かされて気持ちの悪い胸ぐらを撫でつつ、階段先の洗面所で顔を洗う。そこからなんの迷いもなく、リビングへと足を進めた。
十年前。悲劇の舞台と化してしまったこの家は、零斗の一人暮らしということもあり、そこまで散らかりもせず、あたりに広がった血痕も完全に消滅し、普通の一軒家としての状態を保ち続けている。
のだが、
「なんでいるんだ?」
リビングのど真ん中に設置された青いソファの上で、肩まで伸ばしたふわふわとふわふわと、そしてふわふわとした髪の毛を特徴的とする少女が、あたかも自分の家であるかのような、堂々とした様子で座り込んでいた。
「あ、零斗君」
かなり可愛い部類に入ると思われる整った顔立ちと、白きワンピースの上からでも簡単に見て取れるなかなか豊満なパッパオイ。初見では、確実に見とれてしまうのではないかと言わんばかりの女の子・朝露実菜は、「なんか地味に遅かったねぇ」と、極極自然に微笑んだ。
「ああ、瀬羅から電話があってな。……で、なんでいるんだ?」
「家の前をたまたま通りかかったからだけど……」
「意味が分からないんだが」
「そうかなぁ? 知り合いの家を見つけたら、普通に寄ってくつろぐと思うよぉ」
「それは、家の人が許可したらの話では?」
「許可なしでも寄るものは寄るよぉ」
「それ、軽い犯罪……」
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