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「……九時四十三分。「安心銀行」だ。そんなデカい場所じゃないから、少人数での犯行だと思う。そんなに頭数はいらないだろうが、顔くらいは出せよ」
「当たり前だよぉ。一応、皆勤賞狙ってるんだからぁ」
「……そんなのあったっけ?」
「さあねぇ。でも、頑張れば何かしらくれるんじゃないのぉ?」
根拠は皆無であるらしい。
「しかし、皆勤賞では無理があるだろ」
「ソフトに」
「……今のをどうソフトにすればいいんだ。というか前から思ってたが、ソフトってなんだ?」
実菜は神にお祈りをする聖職者を軽く凌駕するのではないかと言わんばかりの穏やかな表情で天(井)を仰ぎ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ソフト。それは女性へのソフトな気遣い。
ソフト。それは男性の間違いを正す言葉。
ソフト。それは困ったときの逃げ道。だよぉ」
「……なるほど。逃げ道か」
優しげな表情は不満が爆発したような表情に移り変わり、「そこだけを取り上げられても困るんだけどぉ」
「それ以外は、女性が圧倒的に有利過ぎて困るんだよ」
「しょうがないじゃない。女性は頑張らないと、皆勤賞すら狙えないんだから」
「いや、意味が分からない」
今度はシュンとした感じで、「女性は長生きだから、皆勤賞が大変なんだよ……」
「退職年齢は両性とも同様だったような気がするんだが」
と思ったら、なにかを訴えかけるように、「そんなの、農家の人からしてみれば関係ない話だよぉ」
「後継ぎでも探せよ」
「ソ、フ、ト、に」
ドレミファソラシドの最後の「ド」の音程を思いっきり外したような口ぶりとは裏腹に、実菜の表情は真剣そのもの。コロコロ変わる表情に全くついて行けない零斗に対し、次に放たれるは音程のしっかりした決死の言葉。
「最近は後継ぎが不足気味ですごく困ってるんだからぁ。就職に困っている人は、ぜひ果物農家に!」
デデン!
なぜかあさっての方向を凝視しながら果物農家の後継ぎ募集を開始し、意味もなく右拳を天(井)に掲げる実菜を、零斗はバカをも怒らす呆れ眼で眺めた。
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