悪夢‐The past‐

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 その日の空を少年は忘れたことがない。  忘れたくないのではなく、忘れることが出来ないのだ。それほどまでに、その日の空は異常に見えた。この世に滞在する見えない『魔力』や、火を出したり水を出したり他者の思考を読み取る『魔法』なんか比べ物にならないほどに異常。とは言っても、それはあくまでも少年の価値観で、普通の人から見れば至って普通の空。普段から見慣れた日常の風景。それなのに、少年にはそれが、異常に見えた。  その日の夕方、  空は真紅に染まっていた。  それは世界に『魔力』とか『魔法』の発生以上の異常が起こった。というわけではない。ただの午後五時という時間帯による夕暮れ色の空。それが少しばかり濃いような、赤と黄が混ざり合った朱色に更に赤を足したような、深紅の空。そしてそれは、屋内である一軒家のリビングをも染めていた。  深紅に染まったリビング。その真紅は、夕暮れの空よりも赤かった。  そんな色彩の中でも、かき乱すことなく喋り続けるテレビと、几帳面に設置された木製のテーブル、ピンク色のソファ。  真紅に染まったリビングに、  この家の主は、倒れていた。  照らされた深紅を更に染め上げる液体の上で、半開きの視線がソファに向けられた状態で。 「母……さん……?」  少年のかすれ声。今まで生きてきた人生の中でもその度合いは尋常ではなく、初めて吐き出した音程といっても過言ではない。それほどに目の前の光景は非日常的なもので、子供の心情では到底信じられないような酷い光景だった。  目の前の現実を受け入れようと奮起しても、心のどこかで現実を消滅させようと暗躍する言葉が邪魔に入る。  信じられない。  信じたくない。  信じきれない。  信じない。  少年の小さく未熟な心が『否定』の言葉で埋め尽くされた。  故に、発する言葉がかすれた。  故に、言葉を上手く発することが出来なかった。  こんなとき、精神のある程度安定している大人ならば、目の前の光景を目の当たりにした瞬間にさまざまな考えを行動に移すだろう。あるいは、考えるよりも先に体を動かしているかもしれない。  警察に連絡する。  助けを求める。  とりあえず叫ぶ。  さまざまな考え、行動、動き出す自分の姿が、知識量の少ない脳みその中で行き交い、膨れ上がる。にも関わらず、行動に移すことが出来ない。  思考と現実は大きく異なっていた。
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