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脳内で叫び、助けを求め、一一○のボタンを押している少年の姿は、自分の理想を思い浮かべた思考でしかなく、現実に残された少年はその場で立ち尽くし、目の前に起こった惨劇、現実を心の内で否定し続けることしか出来ない。
子供。というものは、想像以上に無知な生き物だった。
そのような状態に陥った少年を呼び止める声が後方より忍び寄る。
「……誰かいるのか?」
「!」
途方もなく低く、渋い男の肉声。静かで冷たいその肉声は、少年の心に増殖しきった『否定』の内に『恐怖』という名の感情を根強く埋めつけた。ドンドンと鈍器のように床を踏みつける足音が、心の内の『恐怖』の感情をより深いものへと変えていく。
その鈍器音はだんだんと膨れ上がり、少年の後方、真後ろで停止した。
「……子供、か……」
心の内の『恐怖』に怯えながらも、少年は重量が増えたかのように感じられる細い首を静かに動かし、足音の鳴り止む位置を視界に入れようと振り向いた。
『恐怖』に満たされた少年のほぼ無意識な行動。
『思考』を裏切って起こされた少年の確かな行動。
「……だ……れ……?」
全く力の感じられない、弱々しい声。今の衰弱しきった精神状態では、この声を絞り出すだけでも精一杯だった。
口の周りや顎に濃いヒゲを携えた、目つきの鋭い大男。その右手には、白銀に煌く細身の剣が握られていた。
聖剣。とでもいうべきか。
その剣は、奇妙で異常だった。
この世のものとは思えない、なんの色彩ともつかない奇妙なオーラを発しながら、周りの者を圧倒する異常な存在感を放ちながら、大男の右手に納まっていた。
『恐怖』に歪み、涙を流すことさえ忘れてしまった少年の幼顔。それを目の当たりにしてなお、大男は臆することを知らず、力のない質問を覆い尽くした。
「我のことか?」
「……」
言葉が出ない。見つからない。いや、見つけることが出来ない。衰弱した精神状態にある少年の脳は、ものを考える。という機能が完全に停止してしまっていた。
「……言葉が出ない、か。母親を殺されてショック、ということだな」
「……」
大男は少年の心に言葉を押し付けるように、「我にもその気持ちは分かる。『家族』を奪われる『悲しみ』に耐えられるほど、人間は強くない。故に、怒り、憎しみ、恨み、溢れ出る『悲しみ』を抑えようと抗う」
「……」
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