悪夢‐The past‐

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 少年の、失われた存在、ただ一人の『家族』。大好きだった『母さん』。楽しかった『時間』。  それはもう、戻ってこない。  なのに、少年は、『感情』というものを爆発させることが出来なかった。  爆発出来ずに押し黙る少年に大男は、「だが、案ずるな。お前は耐える必要などない。すぐに、  母親の待つ場所へと送ってやる」 「……え?」  大男が右手に従えし銀色の聖剣を天にかざし、少年の『恐怖』の形相を持つ顔面を『怒り』に包まれた鋭い目つきで睨みつける。その瞳に宿った揺らがぬ『意思』に感化され、少年の時間は停止した。 「…………」  瞬間、大男はなにかを呟いた。小さすぎてなんと言ったのか、少年には分からなかったが、その時の大男の表情が曇っていて、どこか悲しくも見える面持ちで、聖剣を振り下ろした。  自分の身体が奪われるような感覚。  自分の心が奪われるような感覚。  自分の全てが奪われるような感覚。  それは、ほんの一瞬の出来事。  片刃の刃は少年の左肩、胸、腹、左足を斬り裂き、固く、冷たい床に衝突するかのように停止する。 「あ……あ……」  未成熟な体から大量のヌメヌメした液体が、未成熟な喉から自分のものとは思えない悲鳴が、共に放たれた。 「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」  空が真紅に染まっていた。  それは、屋内であるリビングをも深紅に染め上げた。  それは、倒れる家主の液体で更に真紅に染め上げられた。  それは、幼い血液で更なる深紅に染まった。  この日の空は、この日のリビングは、この日の惨劇は、この日の悪夢は、  少年の記憶に深く焼き付いた。
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