手打ち小屋  川口祐海

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僕が中学生になったあるとき── 父が投げた花瓶が、母の目にまともに当たった。 母はまぶたを切り、両目を腫らした。 その腫れはすぐにひいたが、 いつの間にか── 母のまぶたは、閉じなくなっていた。 眼筋圧欠損症──というらしかった。 珍しい病で、治療法はわからない。 ずっと放置していた花瓶のヘドロが、傷口に入ったのが原因だと言われた。 それ以来、母の目はずっと── 見開かれたままになった。 昼夜を問わず、眠る時でさえ、まぶたがずっと開いていた。 眼窩周辺の筋力が無いせいで、まぶたが開いているというよりは、まるで無くなってしまったかのように── 玉が露出しているかのように見えた。 いつしか眼球は赤黒くにごり、 瞬きが出来ないせいで涙が流れ続け、 まるで腐ったプチトマトのように── ヌラヌラと光って見えた。 父は、怯えきった。 気が違ってしまったかもしれない。 はじめのうちは母に対してまた殴ったり罵倒したりを繰り返していたけれど、 そのつど振り返る母の顔に── 蛍光灯のわずかな灯りに浮かぶ、 その見開かれた真っ赤な両目に── 父はとても耐えられなくなった。 気づけば僕と母は── 二人きりになっていた。
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