手打ち小屋  川口祐海

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けれども、それで良かったと思う。 それからしばらくは、二人で助け合ってなんとか生きながらえた。 区役所から生活保護がおりるようになってからは、ようやく暮らしと呼べるような日常がおとずれた。 僕はそのころ、無意識に母の顔を見ないようになっていたし、母もそれを他意なく許容するようになっていた。 それでも、僕はたまに見てしまう。 何かの拍子で振り向いた、母の顔を。 剥き出された、その赤い両目を。 そして──たまに聞いてしまう。 風呂に入っている母の、苦悶の声を。 まれに起きる、発作的な絶叫を。 僕はそのつど、気が違いそうになる。 母への自責の念に押し潰されながら、 気が違いそうになる。 それでもどうして、今まで正気を保って生きてこれたのか。 それは──あなたもご存じの通り、 この両の目を潰したからだ。 僕は耐えられなくなって── 砂利で角膜をこすりつけた。 そうする以外、生きる術がなかった。 それからは何も見えなくなり、 おかげで母に、笑顔を向けられるようになった。 母は、最初は動揺していたけれども、しだいに平常心をとりもどし、 むしろ僕のしたことを慈しんでくれるようになった。 なのに── この世はどこまで残酷なんだろう。
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