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僕は──
聞こえるようになってしまった。
母は、起きているあいだじゅう、
ほとんどずっと、囁いていた。
自分の精神を保つために、ずっと──
誰にも聞こえない程の、小さな声で。
僕は目が見えなくなったせいで、
それが聞こえるようになってしまった。
そのことに、母も気がついた。
だから──
いなくなってしまったんだと思う。
それはもう、そうするしか無かったんだと、僕も思う。
母が生きるために、その囁きは必要だった。
けれども、今までいたわり合って生きてきたからこそ、
そのせいで一緒に居られなくなった。
母が何と言っていたのか、一日中何を囁いていたのかは──僕の口から明かすことはできないけれど、
だから今日、あなたにここへ連れてきてもらった。
あなたはこれまで、独りになった僕に付き添ってきてくれた。
この一年間、僕の目となり、手足となり、ずっと支え続けてくれた。
それはとても、感謝している。
けれども、本当に心を通わせるには、超えられない壁というものがある。
僕の、母の、体験してきたこと。
やむを得ず、至ってしまった経緯。
胸の奥の心象──
そこに宿ってこびりついたもの。
それを、あなたにも感じてほしい。
わずかでも、察してもらいたい。
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