手打ち小屋  川口祐海

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もう──すぐそこだ。 母がいなくなってちょうど一年、 僕は気がついた。 行く場所なんて、ほかにはない。 わかっていたはずなのに、ただ気づきたくなかっただけなのかもしれない。 ほら── 聞こえるだろうか。 ──ぱあん ぱあん ドブ川の手前。 窓の無い、薄暗い物置のような部屋。 あれが、手打ち小屋だ。 ──ぱあん ぱあん あの部屋へ入って灯りをつけたら── 何が見えるだろうか。 僕にはもう、何も見えない。 ──ぱあん ぱあん けれども──あなたには、 何が見えるだろうか。 ──ぱあん ぱあん 見てほしい。 ──ぱあん ぱあん ドアを開けて──見てほしい。 ──ぱあん ぱあん 手を止め、こちらを振り返る母を。 ──ばあん があん かつて僕が見た、満面の笑みを。 ──ぴゃあん ずりゅ そこで、何をしているのかを。 ──がぱあん めきょ 見開かれた、その両目を。 了
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