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突然の慶喜はんの言葉に、この部屋に不思議な空気が立ち込めた。
うちと茉莉花も驚きのあまり声が出えへん。
「何言ってんですか。素性も知れない奴ですよ」
土方はんは少し険しい顔をしとるけど、あまり強くは聞いとらん。
ケイキと呼ばれた人は土方はんの側へ行き、何かを耳打ちした。
すると土方はんは刹那だけ苦虫を噛み潰したような顔をして、うちらを引き渡した。
さすがにさっきの格好やと目立つからと着物を借り、屯所を出てしばらく歩く。
「助けてもろうたようやけど…、一体どちらさんどすか?」
結局簡単に引き渡されたようやけどこん人が誰で、なんで助けてくれたんかわからへんまんまや。
「あぁ、まだ名乗ってなかったね。俺の名は慶喜、喜ぶを2つ重ねて慶喜って言うんだ」
(喜ぶを2つ、ってこん人はほんまに“ケイキ”いうんか?)
うちは慶喜と書く人物を一人思い浮かべる。
(…せやけどほんまにそうやとしたら、こないな場所には来はらへんは筈…)
「君たちは?」
「あ…、うちは美桜言います。こん子は茉莉花」
考え込んどったうちは少し返事が遅れた。
「茉莉花です」
短く答えた茉莉花は隣に居るうちにしか聞こえへん声で聞く。
「ねぇ、美桜ちゃん。知らない人に着いて来て大丈夫なの…?」
「あのまま浪士組に捕まったまんまなら同し事やろうし、ひとまず大丈夫やろう…」
少し不安気な顔をしつつも取り敢えず納得してくれたみたいや。
「ところでどちらへ向こうとるんどすか?」
慶喜はんは「あぁ」と少し言葉を濁して、申し訳なさそうな顔をして続ける。
「俺が預かる、なんて言っておいて悪いんだけど…一番信用出来る者の所だよ」
“一番信用出来る者”。
そう言う割に慶喜はんは何処か悲しそうな、寂しそうな陰を瞳に一瞬浮かべたんを、うちは気になった。
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