Ⅱ.失われる言語(プロローグ)

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「生物兵器が暴露された。生物兵器が暴露された…。」 軍人達はそう言って、銃を研究員達に向け放った。 研究員達の叫びは聞こえない。軍人達の耳は故意に塞がれていた。 《―――オレーニン指揮官。施設内、7割の弾圧に成功しました。》 唯一聞こえるのは軍の無線のみである。 その無線を受け、指揮官は部下らに指示する。 「分かった。3階でこちらの班と合流し、最上階へ向かう。皆緩まず行くのだ。」 《―――了解。》 無線は切れる。 オレーニンと呼ばれた指揮官は、今弾圧した室内を見渡す。 研究員達の死骸が、辺りに転がっている。 自分達以外に動く者の影はない。 オレーニンの元に、1人の部下が近付く。 《――指揮官。1つ聞いていいですか。 この研究施設内一掃の理由は、何なのですか。 国家の安全を揺るがす危険実験に手を染め、精神に異常を来した為とだけ聞いていますが、本当にそれだけで一掃の命を政府が下したのでしょうか。 見たところ、研究員たちに戦意も異常も感じられません。 それでも尚、虐殺とも言える弾圧を進めなければならないのですか。》 無線を通じ、彼の部下は訴える。 「口を慎むのだ。これは命令だ。ロシア政府と軍事局からの。 我々は従うことしかできないんだ。」 半ば自分に言い聞かせるようにして、オレーニンは部下に告げた。 軍隊は施設内を粛清していく。 無理矢理気を昂らせ、異様な精神状態のまま、沸き上がる疑問と罪悪感を押し込め前に進む。 そして最上階の研究室に突入する。 そこで見た光景は、多くの軍人の気を狂わせた。 「何だこれは!」 誰かが怯えた叫び声を上げる。 そこにいたのは白衣を纏った人間らしきもの。 恐らく人間であろうが、異形の姿をしたものだった。 顔に表情はなく、滑り気のある皮膚は灰色にくすんでいる。 薄く目を開け、口を小さく開き、四つん這いで近付いてくる。 四肢の形は変形し、まるで獣のようであった。 「うあああああああ!!」 誰かが絶叫し、銃を滅茶苦茶に乱射した。 他の者達も一様に発砲し、目の前の化物を無惨な肉塊に変えていった。 約30年前、ロシア連邦の一国で起きた悲劇の真相は、生物兵器の暴露ではなく、人外化物の出現による政府の隠蔽行為と虐殺であった。 しかし真実は隠されたまま、虚偽の泥濘の奥底に沈められていった。 終
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