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「……ええと。あの、秋山先生は今日は休診ですか」
市内の総合病院の小児神経科受付で、40代半ばの男性が受付の女性に尋ねる。
腕にはタオル地の幼児服を着た、乳幼児を抱えている。
真新しく整理されたカウンター越しに座る若い女性は、立ち上がり申し訳なさそうに切り出す。
「はい。申し訳ありません。秋山先生の本日の診療は急遽休診となりました」
「そうなんですか。……突然ですか?」
男性は赤ん坊をあやしながら更に訊く。
「はい。一昨日東京へ学会に行かれて、昨夜帰る予定だったのですが、空港が移民者のデモ隊に占拠された件で帰航が困難になりまして……
現在別の空港で飛行機を探している状況です。
帰り次第診察は開始するとのことですが、午前の診療時間には間に合わないかと思われます。」
「ああ。ニュースでしていましたね。それは大変だ。」
男性は渋い表情で頷く。
「ご迷惑をお掛け致します。本日のご予約でしたか?
申し訳ありませんが、別の日にご予約をさせて頂いても宜しいでしょうか」
「いえ。今日の予約ではなかったんですが……
実は個人的に、秋山先生に息子の件で電話で相談をしまして、今日診察に来るようにと言われていたんです。」
男性が答える。それをうけ、受付の女性は暫し考え込む。
「そうでしたか。恐れ入りますがお名前をお聞きして宜しいでしょうか。」
「市川です。息子の名前は市川夕陽です。」
「かしこまりました。今確認して参りますので、少々お待ち下さい。」
女性はそう言うと、診察室の中へ入っていった。
小児科系診療科の集まるこのブロックには、赤ん坊の泣き声やはしゃぐ子ども達の声が辺りに溢れている。
広い待ち合いロビーの壁側に設置されたテレビからは、デモ隊空港占拠のニュースが今まさに中継されていた。
市川同様、秋山医師の診察を受けに来たと思われる女性が、医師休診の案内を見て溜め息をつき帰っていった。
暫くして、受付の女性と年配の看護師の女性が出てきた。
「市川さん、ごめんなさいね。秋山先生から先程こっちにも連絡があって、先生が今日帰り次第診察を行うとのことだったわ。
飛行機も見つかったようだし、あと2、3時間で戻ってくるそうよ。」
看護師が言った。市川はそれを聞き胸を撫で下ろす。
「そうですか。良かった。では先生が帰ってくるまで待っています。」
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