29人が本棚に入れています
本棚に追加
/66ページ
「では待ち合い室でお待ちされますか?」
受付の女性が市川に訊く。
「いえ。時間もあるので、息子と院内をぶらぶらしています。」
「そうですか。では、先生が来次第ご連絡致しますね。」
市川は受付の女性と看護師に軽く頭を下げ、その場を後にした。
新館二階にある小児科のブロックから、本館に向かうため連絡橋を渡る。
大きな窓ガラスから澄みきった薄い青空が見える。
すぐ向かいには大きな高速道路が走っており、車が続々と通過していく。
市川は歩む速度を緩めながら、その様子をぼうっと見ていた。
その時、誰かに声をかけられた。
数歩先から、中年の女性が笑顔で手を振り歩いてくる。
それは市川もよく知る女性であった。
「お早う。市川さん。今日は非番なの?
偉いわね。お子さんのお守りをして。」
市川は軽く会釈する。
「お早うございます。野村さん。
どなたかのお見舞いですか?」
野村と呼ばれた女性の隣には、もう一人同年代の女性がいた。
市川の事を興味深げにじっと見ている。
「私は糖尿持ちでずっと通院しているの。
こちらはいつも私の送迎をしてくれるご近所の町端さんよ。」
野村は市川に隣の女性を紹介する。
「町端さん。こちらは市川さん。息子と同じ消防署で働いていて、昔私が敷戸のマンションに居たときお隣さんだったの。
市川さんの所の娘さんと、うちの長女の方の孫が同じ中学で、部活も同じなのよね。
祐希奈ちゃんも今合宿に行っているの?」
野村が捲し立てるような早口で言い、質問してくる。
「はい。祐希奈も一昨日から合宿に行ってます。この天気じゃあ、帰ってくる時には真っ黒に日焼けしてますわ。」
市川は笑いながら答える。
「元気でいいじゃない。弟くんの名前は確か、夕陽くんだったかしら。
大きくなったわね。今何ヶ月なの?」
話題の矛先は、市川の腕に抱えられた赤ん坊に移る。
「今月で11ヶ月ですよ。来月やっと1歳になります。」
市川の言葉がまだ終わらない内に、野村の隣にいた町端が、我慢できないと言った様子で身を乗り出してきた。
「まあ。いいわね。赤ちゃん。
私の所にも早く孫が出来ないかしら。」
町端は下品に笑いながら、赤ん坊の顔を覗き込む。
「あら。なんて可愛い…………」
そう言葉を発した所で、町端は思わず息を飲んだ。
あからさまに驚愕の表情を浮かべる。
その様子を見て、野村は慌てて場を取り持った。
最初のコメントを投稿しよう!