29人が本棚に入れています
本棚に追加
「じゃあ、私達はこの辺で。採血も終わったから、下の喫茶店で甘いものでも食べてくるわ。」
上ずった声でそう言うと、気まずい表情を浮かべながら市川の元から去っていった。
町端もそれに続き、ひとまずの作った笑顔を市川に向け、野村の後を付いていった。
町端はやや興奮した様子で、野村の耳元で何か質問している。
小声を努めている割には、二人とも充分過ぎる声量だった。
"ねえ、野村さん。あの赤ちゃんてもしかして……"
"しーっ。聞こえるわよ。
お気の毒にね。染色体異常って言ったかしら。ちょっと違うでしょう。"
"可哀想ね。びっくりしちゃった。"
好奇心丸出しの声が、辺りに響く。
"やっぱり、ある程度年齢が上がると、そう言うリスクも上がるって言うしね。
でも折角初めての男の子だったからねえ。"
町端がわざとらしく同情的な合図地を打つ。
"聞いた話じゃあ、お母さんの方が鬱っぽくなっちゃって、育児してないって噂よ。"
"まあ。だからお父さんが病院に連れてきてるの?"
"そうよ。夜勤で疲れているでしょうに。
いつもお父さんが連れてきているらしいわよ。予防接種も検診も、みんなお父さんがやっているって。"
"いくら何でも、母親なんだから。ねえ。"
二人が離れて行くにつれ、非難の声は段々と小さくなっていった。
市川はまた高速道路の車を見ながら、穏やかに歩を進める。
途中、ベビーカーに赤ん坊を乗せた母親とすれ違った。
ベビーカーに座る赤ん坊は元気よく手に掴んだオモチャを振り回している。
市川はその姿をちらりと見る。
腕の中には寝息をたてる11ヶ月の息子がいる。
口の端から垂れる涎を、襟元の生地で拭き取った。
最初のコメントを投稿しよう!