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気を取り直し、市川はエレベーターで最上階へ向かった。
最上階には展望台と、落ち着いた雰囲気のラウンジがあった。
喫茶店も数件設けられ、辺りには珈琲の香りが立ち込めている。
ラウンジの椅子に座り、ニュースを流すTVに目を向ける。
やはり移民者による空港占拠の報道がなされている。
"さて、移民者のデモ隊による、成田国際空港の占拠から半日以上が経過しました。現場には軍も出動し、緊迫した様子が続いています。
激化したデモ隊と軍の衝突により、少なくとも3人が死亡したとの情報が入っています。
今回、デモを指揮しているのは、中華系過激思想集団、汞灯の一派と考えられています。また詳しい情報が入り次第、お伝えします。"
男性のキャスターが無表情で言葉を締める。
画面は切り替わり、道内のスタジオに移動する。女性キャスターが一礼し、ニュースを読み上げる。
"続いては道内ニュースです。今朝8時頃、道に女性が倒れているとの通報があり、近くの病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されました。現場の状況から、死因は転落死と考えられており、警察は身元の特定と事故と自殺の両面で捜査を進めています。
昨夜午後9時過ぎ、民家2軒を全焼する火事があり、焼け跡から二人の遺体が見つかりました。付近では不審火が相次いでおり、警察と消防は同一の放火犯とみて……"
キャスターが淡々と言葉を続けていく。
市川は無感情にそれを見ている。
不意に隣に座っていた老人が荒い口調で話し始めた。
「世の中腐っている。他殺に自殺。人間はどんどん馬鹿になっていく。」
市川は隣を見る。サングラスをかけた、頭の禿げた老人だった。独り言のようで、相槌を打つべきか迷う。
老人は更に続ける。
「私は4日前に角膜移植を受け、半年ぶりにしっかりと物が見えるようになった。だが改めて見る世界がこんな世の中じゃあ、何とも悲しいよ。
美しい景色や孫の顔をもう一度見たくて、気味の悪い手術にも耐えたんだ。
それなのに、目に入ってくるのは汚い人間ばっかりじゃないか……!」
老人は語気を強め、持っていた杖で床を忌々しげに叩いた。
その音に驚いたのか、市川の腕の中で寝息を立てていた赤ん坊が、急に泣き声を上げた。
その泣き声に、怒りに震えていた老人ははっとして静止した。
顔はみるみる青ざめていく。
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