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『なんだ、コイツ、変な女』なんて、心の声が聞こえて来そうで。
わたしは、そのまま首をひっこめて退散しようと思ったんだけど。
この、短い間喋るだけでも、相当痛かったらしい。
「痛っててて」と口の中で呟く彼を、やっぱり、そのまま放っておくことなんて、出来なかった。
この通路の奥には、トイレがあって、人ごみを抜けなくても水道まで移動できる。
わたしはハンカチを濡らして、彼の頬にあてた。
「……っ、て! てめ、何す……」
「じゃ、そのヒトが来るまで、せめてこれで冷やしててくださいね」
我ながら、濡れハンカチを当てるなんて、ちょっと唐突だったかもしれない。
いきなり頬が冷えてびっくりしたらしい。
彼の驚く顔に、ハンカチを押しつけるように握らせて、ここから移動しようとした時だった。
彼が、ぱし、とわざわざ音を立てるようにわたしの手首を掴んだ。
「おい、待てよ!」
うぁ……怒ってる!
やっぱり、わたし、おせっかいだったかな?
いきなり不機嫌になった声に、思わずびくっと飛びあがったら、彼の声が少しだけ優しくなった。
「おい、てめー。前にどっかで会ったっけ?」
「い……いいえ、ちっとも!」
「じゃあ、神無崎 裕也(かんなざき ゆうや)って名前に聞き覚えは?」
「……ありません。完全に初対面……だと思います」
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