お嬢さまの初体験。

31/51
前へ
/255ページ
次へ
 とくとくとくとく……  電車に慣れている宗樹でも、このヒトゴミは辛いのか。  ちょっと早く打つ心臓の音が、何だか気持ち良かった。  ……とくとくとくとく 「……すごいね。電車は案外静かなんだね」  世界が終わった、みたいな大きなため息じゃない。  宗樹の普通の息遣いが、聞こえるほどに。 「こんなに多くの人同士が近づいてるのに、ぎゅうぎゅう押されなければ、そんなに気にならないや。  誰の視線も感じないからかな?」  思わず呟いたわたしの言葉に、宗樹が視線を落としてわたしを見た。 「ふん、まーなー。  これでうるさかったら、やってられねーよ。  みんな、狭いし、暑ぃのから現実逃避したいのは同じだろうよ。  スマホいじったり、音楽聞いたり、それぞれが目的地に着くまで自分の世界に浸ってるから、下手な路地より他人の目、ねぇんじゃねぇの?」 「……うん」    「本当に、電車も人ごみも初めて、なんだな。  今までいつでも、どこでも運転手付きのでっけー車を乗り回してただろうに。  なんでまた、わざわざこんな苦労をする気になったんだか」  なんだ?  天下の西園寺家も、ここのところの不況で没落か?  なんて、目を細める宗樹の声、すっごく意地悪!  これに対抗しようと「ちがうもん!」って、小さく声をあげた時だった。  わたしにもう一つ。  とんでもない災難が襲いかかって来たんだ。
/255ページ

最初のコメントを投稿しよう!

791人が本棚に入れています
本棚に追加