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女は幼子を抱え、薄暗い森を走っていた。
時折振り返りながら、追手から逃れるようにひたすら目的の場所へ向かう。
しかし、幼子を抱えながら、鬱蒼と生い茂る木々に足を取られ、なかなか思うように進まなかった。
どのくらい経ったのか。
息も切れ切れに、女は遂に目的の場所へ辿り着いた。
そこは薄暗い木々の隙間から日の光が差し込む少し拓けた場所だった。
呼吸を整え、跪くと女ははっきりとした口調で告げる。
「我は神の血を引きし者。時の精霊よ、我の願いを聞き届けよ」
すると、今まで風一つ吹いていなかった森が、ざわめくように音を立て始め、どこからともなく、鈴を鳴らしたような声がいくつも響いた。
"…クスクス…あの子よ…"
"…あら、あの子ね…"
"…もう清くはない子ね…"
"…クスクス…あの方は清い子がお好きなのに、お会いになるかしら…?"
姿を見せないまま、複数の鈴の声たちは女に向けて言いたい放題言い始める。
女は、こうなることが分かっていたのか、表情を変えずに続けて告げる。
「我の命と引き替えに、我の願いを聞き届けよ、時の精霊…」
女が精霊の名を口にする直前、激しい突風が女を通りすぎた。
思わず閉じた瞳を開けると、そこに長身の男が立っていた。
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