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顔を上げ、彼の顔を見た私は、一瞬息が止まりそうになってしまった。
そう話す彼の表情は絶望したように、なにもかも分からないと言いたそうだったから。
そんな彼から視線を逸らすことが出来ず、見上げたまま彼の言葉に、耳を傾けた。
「気付いたらこんな状態だったんだ。制服姿のまま学校の校舎の中にいた。誰も俺の存在に気付いてくれなくて、触れることも出来なかった。......自分が誰なのか、どうしてここにいるのか、全然分からなくて。でもひとつだけ記憶に残っていた言葉があったんだ」
そう言うと彼はまたしゃがみ込み、私と視線を合わせ、真剣な面持ちを見せる。
彼の瞳に捕まってしまった瞬間、また私の胸の鼓動は速くなる。
どうしてだろう。
どうして彼に見つめられると、こんなにもドキドキしてしまうのだろう。
視線を逸らしたいのに、逸らせなくなるのだろう。
彼の瞳が、私の身体の自由を奪っていく。
まるで金縛りにあっているかのような感覚。
そんな私の頬に、彼の手がそっと触れた。
「“キスしたい”」
「......えっ!?」
つい過剰に反応してしまった私には目もくれず、彼は言葉を続けた。
「これが唯一、記憶に残っていたんだ」
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