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「譲」
「何?」
「わたし……譲を裏切ってる」
つぶやくようなかぼそい声しか出ない。
三歩さきにいる譲は、居酒屋で質問に答えながらわたしに向けたときと同じ眼差しで見つめてくる。
「どういうこと?」
「みんな、わたしのことをきれいだって云うけど、わたしはきれいじゃないの!」
半ば叫ぶように云うと、譲は目を細めた。
それからちょっと目を逸らして、またわたしに戻ってきた。
「話したいこと、もしくは話すべきと思ってること、全部云えばいい。まずは聞くよ」
低い声は穏やかで、かえって云いづらくさせる。
声の裏に潜んでいるのはなんだろう。
それがなんにしろ、ここで云わなかったら、不安は終わらなくて、平凡に笑える時間さえも始まらなくて。
もしかしたら始まるのはゼロ未満から。
それでもまた、譲に向かえるのならがんばれる。
向かいたいから、ぶつかって砕けるほうがいい。
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