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突然の裕子さんの申し出に、驚きの沈黙は続くが、部屋の温度は下がることはなかった。
昭三さんはうっすらと笑みを浮かべ、口びるの端を上げている。かと言って、はしゃぐでもなく落ち着いた声だった。
「わたしは、ヒロちゃんの申し出を受けようと思うのだが、おまえたちはどうだい?」
頼子が笑顔のまま、真っ先に答えた。
「私は大賛成よ。裕子さんなら信用できるし、お父さんの側に居ていただければ、私としても安心だわ」
隣の真理子も、そうだそうだと言わんばかりに首肯し、相好を崩した。
「私も賛成。裕子さんからいろんなお話も聞きたいし、新しいおばあちゃんが出来たみたいで嬉しい」
女性軍からは強烈なプッシュだ。さて、肝心の角児はというと、まだ反省中なのか、うなだれたまま膝の前で手を組んでいる。
昭三さんが促す。
「おまえはどうなんだ? 反対なら、それも仕方ないが」
全員の視線が角児に照射された。
すると角児は、部屋中に響き渡るほどの音を立てて、鼻をすすった。それから上着の袖口で、何度も顔をなでている。
ゆっくり顔を上げた。どうやら泣いていたようだ。あの、鬼瓦権蔵のような顔が破顔し、涙で真っ赤になっていた。腹の底から絞りだすように叫んだ。
「反対するわけないだろう。戦争がなければ結婚していた二人じゃないか。おふくろだって許してくれるよ」
ぐっとくるような角児の科白だ。あんなに憎らしかったはずなのに、今の角児となら一緒に酒を飲みたくなった。
それから裕子さんの前に立って、頭を深く下げて言う。
「裕子さん。最後まで、おやじの側に居てやってください。どうかお願いします」
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