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会長ではなく、名前を呼んだことに、気持ちが込められているようだ。
角児の野郎め、泣かせやがる。
気がついたら、おれも頬を濡らしていたのだ。
見ると、頼子と真理子は、すでに号泣している。部屋の温度がまた上がった。
裕子さんも角児の手を取り、流れる涙が止められないでいる。
「ありがとう、角児さん。嬉しいお言葉でしたよ」
それから向き直り頭を下げた。
「頼子さんに、真理子さんもありがとう。優しいお気持ちに感謝します」
昭三さんが指先で目じりを拭った。
「ヒロちゃん」
裕子さんはハンカチで顔を押さながら、はい、と短く答えた。
「これから症状が進んだら、みっともない姿を見せると思うけど、それでもわたしを、最後まで看取っていただけますか?」
裕子さんは、瞳に決意を灯し大きくうなずいた。
「もちろんですよ、昭三さん。
長い空白はありましたが、あなたとこうして居られるだけで、私は幸せなのです。
ようやく私の夢が叶うのですよ。何があっても、あなたのお側を離れません。
どうか私に、お世話をさせてください」
裕子さんまで、泣かせてくれる。もう涙を我慢出来なくなった。
戦争という悲劇が二人を別ち、七十年もの月日を経て再会したのだ。
これから短い時間かも知れないが、死が二人を別つまで、添い遂げて欲しい。そして昭三さんには、幸せの中で旅立ってもらいたい。
止まらない嗚咽の中で、おれはひたすら願っていた。
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